腰椎椎間板ヘルニア戦記①ランニング

腰椎椎間板ヘルニア戦記①ランニング

昔、僕は腰椎椎間板ヘルニアになってしまいました。

椎間板ヘルニアとは、脊柱の骨と骨の間にある椎間板の中から髄核が飛び出した状態のこと。(上記の写真の赤い部分)

脊椎の周りは多くの神経があり、この飛び出した髄核がそれらの神経と接触することで足腰にしびれや痛みを発生させます。

腰椎椎間板ヘルニアとは、腰部の椎間板がそのような状態になることを言います。

僕の場合、その要因は過度のランニングによるもの。

体を酷使したツケです。

僕はもともとそんなに腰が強いわけではない。

どちらかといえば弱い部類に入るでしょう。

高校時代、何も大したことしていないのになぜか腰痛になり、学校を休んだことが2度あります。

一番の要因は、普段からの猫背のせいだったと思ってます。

親からもよく注意をされていました。

猫背な人は背中の筋力が弱いと言われます。

結果、腰も弱く、インナーマッスルも弱い。

しかしながら、当時はそんな理屈を知る由もなく、何を言われようと猫背を気にしたことはありません。

今思えば、当時、本気で悩んでいれば、改善に取り組んで今よりはマシだったかもしれない。

男は30(歳)を超えてから走ると言われています。

走るというのはランニングを指すわけではなく、もっと広義で、新しい自分を作り出す新たな挑戦を指します。

たいていの人はその年齢になると健康が気になりはじめ、運動系に取り組む事でしょう。

若い頃とは違って代謝が落ち、脂肪が付きやすく、体に不具合を感じ始めるからです。

次第に健康診断の結果も「要経過観察」が増える。

風邪や体調不良になった時も昔と違って治りが悪く、不安が多くなる。

外見的にも老け具合が気になり始め、今はまだいいけど、先々の自分の醜い姿に危機感を抱き始める。

今は昔と違ってタバコを敬遠する時代。

これがまた、知らず知らずに健康意識の底上げになっています。

かく言う僕も、33歳まで喫煙してた身。

病気をきっかけにやめましたが、健康を意識するようになったのはこの時からです。

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病気が治った後、健康の大事さを痛感しウォーキングを始めました。

ウォーキング中、部分的にジョギングを取り入れ、走ることにハマり、その距離が次第に増え、最終的にランニングに転向しました。

結果、それがヘルニアを引き起こした要因になりました。

これは、ランニングによって天国と地獄を味わった日記です。

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 ランニング

【2008年12月】ジョギング

この3ヶ月、ウォーキング+部分的ジョギングをしていました。

最近、脚力が付いたせいかウォーキングがかったるくなり、全部ジョギングになりました。

といっても、距離数は5kmぐらいです。

あくまでジョギングなのでスピードはありません。

しかしながら、のんびりでも完走できることに驚きでした。

まさかワシが5kmを走りきれるなんて!

今まで僕は走るという行為が凄く嫌いでした。

短距離だろうが長距離だろうが、とにかく走りたくない性分。(汗)

僕が走る時は何か切羽詰って急ぐ時だけで、好んで走ったことなど一度もありません。

学生時代の1500メートル走なんて地獄の中の地獄と思ってたぐらいです。

そういえば小学生の頃、キャプテン翼ブームに乗っかり、友達らとサッカーをしてた時は、当然、走ってましたが、あれはボールを扱う、奪う行為が楽しいだけで、走るしんどさはカムフラージュされていた感じ。

ただただ走るだけは嫌だ。

そんな僕が、今はただただ走るだけの行為に喜んでいます。(汗)

人生どうなるか分かりませんね。

【2009年2月】ランニング化

親戚から4月開催予定の地方マラソン大会に誘われました。

親戚は何年か前からマラソンにハマッていて、いろんな地方のマラソン大会に出場しまくっている人です。いや、人たちです。

親戚は家族でマラソンを趣味にしており、その分、誘いも強い。(汗)

実は、僕が闘病中、彼らが見舞いに来る度に、治ったら一緒にマラソンしようとよく言われていました。

その時は、いやいや待て待て!走るという行為は嫌いだからその誘いには乗れない、と突っぱねてました・・・が、現在、走る事に楽しさを感じている自分に変貌しています。(汗)

なので、今はマラソン大会に興味があった。

しかし、走ると言っても僕はジョギングレベル。

ノソノソしか走ったことありません。

しかも、5km以上を走ったことがない。(汗)

そのマラソン大会の距離は10kmの部とハーフの部しか設定されていない。

10km!? 

未知の領域だぞ・・・。

仮に10km走れたとしても、大会は制限時間が設定されているはず。

時間内に走りきることができるだろうか?

ということで、自分を検証することにしました。

まずは、10km走れるかどうか試す。

ジョギングスピードだが、結果的に、意外にも完走はチョロいと感じた。

計測タイムはだいたい60分ぐらいだった。

翌週、計測タイムを意識して、ランニングのスピードで10km走ってみることにした。

これはさすがに疲れました。ゼエゼエです。

スピードを上げて走ると倍以上疲れる。

しかし、疲れとは裏腹に心の充実感は倍増した。(ドM?)

タイムは55分。

親戚にその結果を告げたところ、それなら余裕で出場できるとの事。

というわけで、2ヶ月後の4月にマラソン大会に出場することになりました。

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【2009年4月】シティマラソン大会

親戚たちとマラソン大会にやってきました。

人生初のマラソン大会です。

いや、大会というもの自体がこの歳にして人生初です。(笑)

改めて、ワシは薄い人生だったんだなと思いました。

それにしても、すんごい人の数。

こんなにも走りたがりがいるとは。(驚)

健康ブームなんですねー。

この2ヶ月、僕は10kmランニングのメニューがすっかり定着しました。

タイムも今では53分を安定的にマークしています。

なので、心配することは何もなく、それどころか、この会場の活気ある雰囲気が心を躍らせます。

靴に計測器具を付けることを初めて知りました。

ほほう、これで計測タイムを大会側が把握するのか。

準備運動もそこそこに、スタート位置につく。

なんか、テレビの中の世界に自分がいるみたいで笑える。

スタート!

僕は中盤にいたので、前方に続いてわらわらとスローに切り出す。

親戚たちは僕よりも後方からのスタートだったので一緒には居ない。

一緒に走るとお互いにペースが乱れるので、別々のほうが有り難い。

前方の集団がバラけてくると、走りやすくなって徐々にみんな走るペースを上げる。

しばらくして気付く。

ワシ、練習よりも走るペースが速い。

この雰囲気と周りのペースに引っ張られている。

まあいっか。

ヤバくなったら歩けばいいし。

この気楽さがシティマラソンの良いところ。

しばらくして

ゴール!

ゼエゼエ・・・息も絶え絶え。

ランナーズハイのせいか、苦しいというよりも心地よさが上。(汗)

完走したぜー。

タイムは52分。

自己ベスト。

親戚たちはいつの間にか僕を抜いていったらしく、40分辺りのタイム。

すげー。

参加賞として記念Tシャツをいただいた。

これはかなり嬉しい。

面白い!

マラソン大会、クセになりそう、というのが僕の感想でした。

マラソン大会はシーズン的にもうオフになるため、来季も出ようと決心する。

走れる、というのは幸せな事だったんだと、今更ながらに気付きました。

ランニングの楽しさをますます知り、のめり込む自分でした。

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